後継奮闘記〜幼少期・学生編〜
はじめに
今回は学生時代の私から見た家業や両親への思いを記載させて頂きます。
初めての方は先に概略編をご覧頂けますと幸甚です。
私の自己紹介等をさせて頂いております。
学生時代の概要
私の学生時代のポイントは以下の通りです。
- 中学受験
- 高校時代(理系選択)
- 千葉大学工学部入学
- 就職活動で商社へ
振り返ると選択肢を広く持たせてもらっていたと感じました。
当時はそれを全く認識していないところから、社会人に近づくに連れて徐々に認識していった記憶があります。
その辺りを順に書いてみます。
中学受験
この時期は将来のことは何も考えていなかったです。
プロ野球選手になりたいと言っていたかもしれません。笑
それでも両親から
『今勉強を頑張れば、中学、高校の6年間、受験をせずに大好きな野球を続けられる。』
というメリットを聞いた上で、自分の意思で中学受験をすることを決定させてもらいました。
この時点で野球だけでなく勉強も最低限するという環境に身を置かせて頂き、将来の選択肢を広げてもらっていたんだなと感じます。
高校時代
理系を選択しました。歴史が苦手だったこともありますが、親から営業は大変だと言われ、理系職の道を目指そうと考えていた記憶があります。意図的だったかはわかりませんが、今思えば、これも理系職という選択肢を残してもらっていたのだと感じています。下手くそなりに野球部で頑張る自分に、父は豊四季のバッティングスクールを探して来てくれるなど、多大なサポートをしてくれました。この時の自分は後継の意識は全く無く、ただただ感謝をしているばかりでした。
大学時代(就職活動)
親のサポートもあり無事に工学部に入学しました。実際に卒業論文を書きながら自分には向いていないかもなと思う日々でした。そんな中、就職活動を機に父の工場について考え始めます。振り返るとここまで何一つ不自由なく育ててもらったな。何か恩返しがしたいな。とドラマ陸王の影響を諸に受けながら考えが進んで行きました。そこで自分ができると思ったことは営業力の強化。町工場ではよくあることですが、営業をほとんどしないのが家業の現状でした。なんとか最大限学びを得て家業に戻ろうと決意しました。理系卒の商社志望はレアな存在だったため、就職活動では苦労しませんでした。これも選択肢を広げてもらっていたんだなとしみじみ思いました。
社会人へ
こんなことを思いながら商社での営業の道に進みます。
次回は自分の最初のキャリアで何を経験し、家業に何を思ったか書いてみます。
ご紹介
家業での取り組みを活かして中小企業の事業承継問題に少しでもご協力出来ないかと思い、
Legacy Linksというサービスを立ち上げました。
色々な方と繋がりたいの一心で動いております。ぜひお話しさせてください。